設例
遺言者に子および直系尊属がなく、法定相続人は兄弟姉妹のみであるとします。遺言者は公正証書遺言により、全財産を法定相続人ではない3名に対して各3分の1ずつ包括して遺贈しました。
遺言には、各財産の具体的な取得者や取得方法は包括受遺者が協議のうえ決定すること、包括受遺者全員の合意があれば遺贈の割合に多少の差が生じてもよいことが定められています。
相続開始後、受遺者間の協議の結果、1名が2分の1、他の2名が各4分の1を取得することとなった場合、2分の1を取得した受遺者に対して、他の2名から贈与があったものとして贈与税が課されるでしょうか。
結論
包括受遺者による当初の遺産分割協議として行われる限り、取得割合が遺贈割合と異なることになっても、贈与税ではなく相続税の課税価格の問題として処理される可能性が高いと考えられます。
ただし、受遺者が法定相続人でない場合を直接扱った公表資料は見当たらず、確実とまでは言えません。また、いったん遺贈割合で帰属を確定させてから配分し直した場合は、課税関係が変わります。
前提となる法律関係
包括受遺者は遺産分割協議の当事者になる
包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有します(民法990条)。全財産が複数名に割合的に包括遺贈された場合、遺産はその複数名の共有状態となるため、現実に遺産分割を要します。
全財産が包括遺贈されている結果、法定相続人には遺産に対する持分が残らないため、分割協議の当事者は包括受遺者のみとなるのが原則です。なお、兄弟姉妹には遺留分がないため(民法1042条1項)、遺留分侵害額請求を受けることもありません。
放棄によって割合を調整することはできない
包括遺贈の放棄には相続の承認および放棄に関する規定が適用されるため、家庭裁判所への申述を要し(民法990条、938条)、割合の一部だけを放棄することは認められていません。
複数の包括遺贈のうちの一つが効力を生じず、または放棄によって効力を失った場合、その部分が他の包括受遺者に帰属するかが争われた事案で、最高裁は次のとおり判示しています。
受遺者の1人が遺贈を放棄しても、その持分は他の受遺者ではなく法定相続人に帰属します。放棄を利用して受遺者間の割合を調整するという方法は取り得ません。
公表資料の射程
遺言と異なる遺産分割をしても贈与税は課されないという取扱いは、国税庁の公表資料に示されています。
ここで示されている論理は、包括受遺者が遺贈を事実上放棄したうえで、共同相続人の一人として遺産分割に参加する、というものです。括弧書きで受遺者が相続人としての権利義務を有することが明示されており、受遺者が同時に相続人でもあることが前提になっています。タックスアンサーNo.4176も、対象を「特定の相続人に全部の遺産を与える旨の遺言書」「受遺者である相続人」と限定しています。
受遺者が相続人でない場合、遺贈を放棄すれば取得の根拠そのものが失われるため、この放棄構成をそのまま用いることはできません。そして、この場合の課税関係を直接示した公表資料は見当たりません。
相続税法が想定している構造
より直接的な手がかりは相続税法55条にあります。同条は未分割遺産に対する課税を定めた規定ですが、その構造が重要です。
同旨の規定が相続税法32条1項1号(更正の請求の特則)にも置かれています。
つまり法律自体が、包括受遺者が包括遺贈の割合と異なる課税価格となる分割をする事態を正面から想定し、それを相続税の枠内で処理すると定めています。仮に割合を超える取得部分が贈与に当たるのであれば、その部分は贈与税の対象となり相続税の課税価格には算入されないはずであり、この規定の建て付けと整合しません。
この条文は、包括遺贈の割合を法定相続分と並列に置き、いずれも分割前の仮の計算基準として扱う構造になっています。
分水嶺は「当初分割」か「再配分」か
結論を左右するのは、割合を維持したかどうかではなく、当初の分割か、いったん分属した財産の再配分かという区別です。
この通達は配偶者の税額軽減の適用要件としての分割の意義を定めたものであり、贈与税の課否を直接定めるものではありませんが、税務上の分割概念の理解として参照されます。定義に「共同相続人又は包括受遺者」が並記されている点から、包括受遺者間で行う分割も税務上の分割に含まれることが読み取れます。
関連する公表資料として、全部についての包括遺贈がされた事案において、遺留分減殺請求に基づく確定判決と異なる内容で相続財産の再配分を行った場合の課税関係を扱った文書回答事例があります。そこでは、その再配分は遺産分割の範ちゅうに該当せず、その態様に応じて贈与税または所得税の課税関係が生ずるとされています(名古屋国税局平成22年3月2日文書回答)。事案は異なるものの、いったん帰属が確定した後に配分し直すと課税対象となることを示すものとして参考になります。
遺贈割合による登記や名義変更を先行させてから配分し直すことは避け、財産および債務の目録を作成したうえで、一通の遺産分割協議書により当初の分割として一回で確定させることが重要です。相続税の申告期限内に分割を終えることも併せて必要になります。
なお、包括受遺者間の遺産分割を登記する際に、いったん遺贈による共有状態の登記を経由する必要があるかどうかは、登記実務の取扱いを別途確認する必要があります。手続の順序は、当初分割か再配分かの評価にも影響しうるためです。
実務上の選択肢
遺言作成前であれば、これが最も確実です。相続開始後の協議に委ねる部分をなくせば、上記の論点は生じません。
相続税法基本通達19の2-8の注書きは、代償分割を「共同相続人又は包括受遺者のうちの1人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の現物を取得し、その現物を取得した者が他の共同相続人又は包括受遺者に対して債務を負担する分割の方法」と定義しており、包括受遺者間の代償分割も分割の一形態として位置づけられています。
1人が現物を多く取得し、他の者に代償金を支払って経済的価値を遺贈割合に揃える方法であれば疑義が生じません。ただし、経済的価値そのものに差を設けたい場合には、この方法では目的を達せられません。
代償財産として金銭以外の資産を交付すると、交付した側に譲渡所得課税が生じる点にも留意が必要です。
割合は受遺者全員の協議により定めること、協議が調わないときは均等とすることを遺言に定める方式であれば、協議による取得も遺贈による取得であるという説明が立てやすくなります。
ただし、遺言で割合の決定を受遺者自身の協議に委ねることの民法上の有効性には議論があります。相続分の指定や遺産分割方法の指定を委託できる相手について、民法は第三者と定めており(民法902条1項、908条1項)、この第三者に相続人や包括受遺者自身は含まれないとする見解が多数とされています。自らに有利な決定ができてしまうためです。公証人との事前協議が必要となります。
「全員の合意があれば遺贈の割合に多少の差が生じてもよい」といった定めは、「多少」の範囲が明らかでなく、税務上の判断基準として機能しません。割合の変動を予定しないのであれば削除し、具体的な財産の帰属は協議により定め、価額の調整は代償金により行う旨を定める方が明確です。
あわせて確認すべき事項
予備的な定めの要否
遺贈は遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは効力を生じず(民法994条1項)、遺贈には代襲がありません。また相続開始後に受遺者が遺贈を放棄することもあります。いずれの場合も、その部分は他の受遺者ではなく法定相続人に帰属することが、前記の最高裁令和5年5月19日判決により明らかにされています。
同判決は「遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときを除き」と留保しており、民法995条ただし書による補充の定めを置けばこの結果は回避できます。受遺者の1人について遺贈が効力を生じない場合または放棄された場合に、その部分を他の受遺者に帰属させる旨、あるいは当該受遺者の子に帰属させる旨を定めておくことが考えられます。
遺言執行者の選任
遺言執行者を受遺者本人とする場合、遺言執行者が数人あるときは任務の執行は過半数で決するとされていますが(民法1017条1項)、財産の配分について自らが当事者となるため、協議が調わない場合には執行が停滞します。専門家を遺言執行者とする案と比較したうえで判断することが望ましいところです。
相続人でない受遺者に関する税額計算上の相違
| 項目 | 相続人でない包括受遺者の取扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 相続税額の2割加算 | 一親等の血族および配偶者以外の者に当たるため対象となる。同項括弧書きの代襲による例外は直系卑属に限られる | 相続税法18条1項 |
| 基礎控除・相続税の総額 | 「相続人の数」は民法の規定による相続人の数で計算する。実際の取得者が受遺者であっても法定相続人の人数による | 相続税法15条2項 |
| 債務控除 | 適用あり。包括遺贈は対象に含まれる(相続人以外への特定遺贈では適用できない) | 相続税法13条1項 |
| 生命保険金・退職手当金の非課税枠 | 適用なし。「相続人の取得した」ものに限られる | 相続税法12条1項5号・6号 |
| 未成年者控除 | 適用なし。相続人であることが要件とされている | 相続税法19条の3第1項 |
| 相次相続控除 | 適用なし。対象は「相続(被相続人からの相続人に対する遺贈を含む)」に限られる | 相続税法20条、東京国税局平成28年3月18日文書回答 |
| 連帯納付義務 | 及ぶ。相続または遺贈により財産を取得したすべての者が、受けた利益の価額を限度として責任を負う | 相続税法34条1項 |
債務の負担割合を財産の取得割合と大きく異ならせた場合には、財産の配分と同様の論点が生じうるため、債務も原則として遺贈割合に従って負担することが無難です。
居住用や事業用の宅地がある場合は、小規模宅地等の特例の適用可否も併せて検討することになります。誰がどの土地を取得するかによって税額が大きく変わるため、財産の配分を検討する段階で試算しておくことが有効です。
調査の限界
包括受遺者が法定相続人でない場合について、遺言と異なる分割の課税関係を直接示した公表資料は確認できませんでした。国税不服審判所の公表裁決要旨についても、包括受遺者、包括遺贈、受遺者、遺贈、再配分等のキーワードで横断検索しましたが、本論点を扱った裁決は見当たりませんでした。非公表裁決および税務訴訟資料のみに登載された裁判例は検索の対象外です。
したがって、相続税法55条の構造を根拠とする整理には相応の説得力があるものの、課税庁の見解が明示されていない領域であり、否認されるリスクを完全には排除できません。遺言作成前の段階であれば、割合を確定的に定めることが最も確実な対応となります。
根拠条文・資料
- 民法990条(包括受遺者の権利義務)、938条(相続の放棄の方式)、994条1項(受遺者の死亡による遺贈の失効)、995条(遺贈の無効又は失効の場合の財産の帰属)、902条1項・908条1項(相続分の指定・分割方法の指定の委託)、1017条1項(遺言執行者が数人ある場合の任務の執行)、1042条1項(遺留分の帰属及びその割合)
- 相続税法9条(贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合)、12条1項5号・6号(非課税財産)、13条1項(債務控除)、15条2項(遺産に係る基礎控除)、18条1項(相続税額の加算)、19条の3第1項(未成年者控除)、20条(相次相続控除)、32条1項1号(更正の請求の特則)、34条1項(連帯納付の義務等)、55条(未分割遺産に対する課税)
- 通達相続税法基本通達19の2-8(分割の意義)
- 判例最高裁令和5年5月19日第二小法廷判決(民集77巻4号1007頁、令和4年(受)第540号)
- 公表資料国税庁質疑応答事例「遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税」、国税庁タックスアンサーNo.4176、名古屋国税局平成22年3月2日文書回答事例、東京国税局平成28年3月18日文書回答事例